01/5/31
胸と背中の痛みは、ほとんど消えた。
あれは、ほとんど暴力的な痛みだった。
しかも、ヒリヒリした熱感と、
チクチクした まるで 蟻が這うかのような痒みも伴った。
熱い灼熱感が、右半身の胸と背中を襲うので、
日中 仕事をしていても集中感がなくなり、業務がつらくなる。
私の場合は 睡魔が勝ったが、仰向けに寝ることが苦痛の日もあった。
この 帯状疱疹(たいじょうほうしん)という疾患を
皮膚科学 第6版(金芳堂 著者 上野賢一先生 筑波大学名誉教授)の本を紐解いてみる。
◎帯状疱疹
1)片側の一定神経領域に神経痛様疼痛、ときに発熱・風邪感を伴う。
2)数日遅れて同神経領域に、紅暈(こううん)を伴った小水疱、紅色丘疹、小紅斑が集簇性に発し、
全体として帯状に並ぶ。
水泡は 半米粒大から小豆大まで、大きさ・形は単一で、
緊張性は少なく、扁平または中央に凹みがある。
水泡は はじめ透明、のち混濁して膿疱となる。
神経痛・知覚過敏・蟻走感などを伴い、
2〜3週間で びらん結痂して治る。
水泡内部に出血をみたり、壊疽におちいることもあり、後者では瘢痕形成が著しい。
しばしば所属リンパ節腫脹を伴う。
3)通常 軽い瘢痕をもって治癒するが、高齢者では長く神経痛の残ることがある。
〔疱疹後神経痛 PHN〕
〔好発部位〕
肋間神経痛領域が最も多く、頚部・三叉神経領域・腰部・坐骨部がこれに次ぐ。
〔特殊型〕
1)不全型: 紅斑が主体で、小水疱をほとんど欠くもの。
2)奔発型: 帯状の典型的配列の他に、全身散在性に小水疱が多発。
悪性リンパ腫・膠原病・長期ステロイドないし 免疫抑制剤投与者のような免疫抑制状態の人に生じやすい。
3)両側性: 両側性にくるもので、かつ対象性のことが多い。まれ。
4)ハント症候群:顔面神経膝神経節を侵し、ために顔面神経麻痺〔さらに迷走・滑車・外転・三叉・舌咽神経麻痺〕・内耳障害〔耳鳴り・難聴・めまい〕・味覚障害などを伴うもの。
抗ウイルス剤にステロイド剤を併用〔麻痺に対して〕。
〔病因〕
1)水痘帯状疱疹ウイルス(VZV) 〔DNAウイルス〕による。
水痘〔顕性・非顕性〕として初感染し、終生後根神経節に潜伏感染している。
2)発症誘因: 全身性疾患〔悪性リンパ腫・白血病・肺炎・肺結核・糖尿病・LEなど)、
薬剤投与〔とくに悪性腫瘍・自己免疫性疾患・臓器移植時のステロイド剤・抗腫瘍剤・免疫抑制剤投与のとき〕、外傷、X線照射など
〔診断〕
片側性、一定神経領域に小水疱・紅斑が配列し、神経痛様疼痛を伴う。
発病初期と2週間後の4倍以上の抗体価の上昇、水泡からのウイルス分離、蛍光抗体法による抗原検出。
〔予後〕
良好、老人では疱疹後神経痛の長く残ることあり。
終生免疫を得て 再発はない。
思えば、5月18日(金)の朝だった。
起床後、なんとなく右の脇下に 軽い痛みがあった。
暗い色をした 紅斑ができていた。
「あれ、寝ているときに引掻いたのかな? でも、こんなとこ痒くならないはずなんだけど。
おかしいな?」
とりあえず、普通の湿疹だと思ったので、ステロイドの外用剤を塗布した。
その日の午後から、今度は 体の感覚がおかしくなってきた。
右手がしびれる。
俺は、一体 どうしたのだろう。
右耳の中が痛い。
耳掻きのやり過ぎかもしれない。
学生時代は、一度 耳掻きをがんばり過ぎて、
戸越銀座で あの ロックスター 竹中尚人(ひさと) そう、我らの「CHAR チャー」のお母さんが
耳鼻科を開業していたので 診てもらった経験がある。
ちなみに、父親は 内科医で、隣で開業している。
「あのう、チャーのお母様でしょうか?」
「そうよ、あなた 私の息子のファンクラブに入ってるの?
こんど、代々木でコンサートがあるのよ。 ぜひ、行ってね!」
確かに、ここは診療所だが、チャーのチラシが診療台の上に無造作に置かれていた。
「あなた、山形県出身なのね!
私は、福島県立医大を卒業したのよ! 懐かしいわ。
あの頃はねえ、リンゴ箱の上に乗って、選挙運動のアルバイトとかもしたのよ!」
「この前ね〜、見た?? 笑っていいとも。。」
「失礼しちゃうわね〜!!!
タモリったら、私の息子を 「竹中尚人(なおと)って、言ったのよ〜〜!!」
「私の息子は、尚人(ひさと)だから、チャーって言うの!!」
お母さん、確かにそうです。
尚子や久子は、あだ名は、「チャコ」です。
チャーママの腕は良く、一度通院したでけで すっかり治った。
あの頃は、私も愛聴してました。
「ピンク クラウド」
帯状疱疹の話だった。
右手がしびれ、右耳の穴の奥が痛かった。
おまけに、頭の右半分が 手で触ったりすると、変な痛みを生じた。
俺は、脳梗塞ができたかもしれない。
脳卒中後遺症の患者さんたちは、こんな感覚なのか。
ずっと右手が しびれているわけではないが、
ときどき しびれが右手を襲うのが気になる。
食事をしていたら、今度は 舌の感覚がおかしいような気がする。
変だ。
いつもと違う。
5月20日(日)。
秋田まで 気まぐれなドライブをする。
秋田から 山形に帰ってくる途中、
そいつは 背中で ポコンと飛び出してきた。
どうやら、丘疹ができたらしい。
それも、なんだか結節になりそうな感覚だった。
妙だ。
その夜に、さすがに気になって 脇の下を見てみると、
暗い 紅斑は、小水疱になっていた。
ショックだった。
自分に帯状疱疹がやってくるなんて。
一生無縁だと思い込んでた。
高齢者の方や、免疫力不足、季節の変わり目に発病しやすいのだが、
まさか 自分に こんな目に遭うなんて。
意を決して、明日は 朝一番で皮膚科に通院すると決め、
早く 寝ようとしたら、灼熱感が体を襲ってくる。
不眠症とは、こんな感じなのか。
5月21日(月)。
私は、 とある 新しく開業した皮膚科の待合室にいた。
早起きしたので、4番目の札をゲットする。
この病院は、山形新幹線「つばさ」をモチーフにしている。
私は、全席禁煙の 窓側の車両に座り、
医学博士である 先生の登場を待つ。
電光掲示板に 「次は、4番。4番。ただ今から、診療を開始します」と流れ、
看護婦さんが 予備の問診をしてきたので、
「帯状疱疹だと思います」と 自ら 病名を告げる。
その後、先生にも、
「あ、小水疱がありますね。帯状疱疹ですね。足のほうは大丈夫ですか?」
と聞かれて、無事に診察を終えた。
右手のしびれは、知覚神経の異常で、
頭の右半分の痛みは 珍しいそうだ。
風邪様症状かもしれませんね。
と 先生が言っていた。
その後は、最新式のレーザーを7分間、2箇所に照射し、
バルトレックスという最新の抗ウイルス剤と 鎮痛剤のロキソニン、
それに スレンダムという 非ステロイド系の鎮痛軟膏を処方してもらって、
真っ直ぐ 自分の家に帰り、処方箋を調剤室に渡す。
「兄ちゃん、自分の処方なんだから、自分で調剤してね」
俺は、患者様だ。
なのに、自分で調剤しなければいけない。
こんな時は、心細くなっているので、誰かに甘えたいものだ。
そんなわけで、バルトレックスの添付文書を しげしげと読む。
昔、東大病院の薬剤部で研修していた。
東大の薬学部出身の友人は、
山口県の岩国出身だ。
こいつは、厚生省に就職した 偉い奴だが、
柳葉敏郎に似ていて、自分でも 自慢している変な奴だった。
「土屋く〜ん。今日ね、電車で 女子高生に あ!!ギバちゃんだ!!!」
って、言われたんだよ〜〜。
嬉しそうに語る。
ギバちゃんは、ストレスなのか、胃の調子を崩したらしい。
そこで、当然なのだが 院内で診察してもらう。
彼は、東大薬学部の頭をもっているのだが、
いざ 自分が東大病院1内で胃薬の処方をしてもらい、
自分で調剤して、服用しようとしたところ、
「土屋く〜ん。僕ね、この薬 飲むの止める!」
「え!どうして??」
「だって〜、添付文書を読んだら、副作用が怖いだも〜〜ん」
そいつは、結局 なんのために 東大病院の大先生に診察してもらったか意味がなかった。
ギバちゃんは、面白い奴だった。
ほかにも、スナックで 夜のバイトをしていた
カリちゃんという 東大薬学部の女の子がいて、
こいつも 変わっていた。
酔っ払いの オヤジたちに、
「姉ちゃん〜〜、お前は どこの大学だ!!」
と絡まれた。
「私は、東大なのよ」
「ウソ! 嘘だろう!」
彼女は、真面目だから 東大の学生証を見せてしまった。
サラリーマンのオヤジたちは、
全員が シュンとなり、悲しくなって 帰っていって、
場が しらけてしまったそうだ。
抗ウイルス剤のバルトレックスの話だった。
とにかく、私たち、薬のプロの薬剤師も こんなもんだ。
患者さんたちには、平気で
「大丈夫ですよ」
などと服薬指導しているが、
いざ、自分が 患者になると てんで駄目になる。
私の場合は、副作用は心配しなかった。
薬とは、副作用は 多かれ少なかれ あるものだ。
それより、気になるのは、有効率だった。
たしか、ダブルブラインドテスト(二重盲検試験法)では 84パーセントの効果を誇る薬なのだが、
弱気になると駄目である。
通常なら、84パーセントの効き目なら、もう治ったも同然と考えるが、
私は、「すると、16パーセントの人は 効き目がないんだな」
と、逆に不安になった。
物事は考え様である。
「100人中、84人も効き目がある」
「100人中、84人しか効き目がない」
学生時代、分析の教室には、変な教授がいた。
I教授の、試験の山は、分析なのに、「もしかパーセント」だ。
これは、正反対の可能性から
物事を よく考えていくことの素晴らしさだったことに、
卒業後 何年も経ってから、
しかも 自分が体験したお蔭で、やっと 理解することができた。
もし、俺が ガンの患者だとしたら。
主治医に、「5年生存率は、80パーセントだから、大丈夫ですよ」
と言われても、いまの理屈から考えると、
「100人中、80人も生きられる」
「100人中、80人しか生きられない」
大きな違いだと思う。
この確立理論は、「神のみぞ知る」世界観かもしれない。
ダイスを転がすようなものだ。
時には、神を信じるかもしれない。
前向きに、積極的に治療するかもしれない。
あきらめて、黄泉(よみ)の世界を期待するかもしれない。
最後は、個人の人生の価値観で決まるのだろう。
そうこうしているうちに、
痛みは治まり、
先生にも 「うーん。なかなか良い治り方ですね」 と誉められた。
こらからは、「夜更かし王」は止めて、早寝早起きしよう。
睡眠は、何よりの薬だ。
お酒は 控えめにしよう。
朝食は 必ず食べよう。
と、日頃の生活を反省した。
免疫を得て、一生 罹患しなくなっても、
ときどき ピリピリと神経痛が起こっても、
それは 体の神様が
「休養しなさい」 とか
「規則正しく」 などと言っていると思えば、それはそれで かなり ありがたいことだと思う。
神経痛がある間、真面目に考えた。
自分の「痛みの閾値(いきち)のレベルは、どれくらいだろう」と。
これも、神様が決めることかもしれないと気楽に考えてしまった。
自分が病気になると、学ぶことが多いと思った 貴重な2週間だった。
最後に、これは 山形新聞の友人にも勧めましたが、
世界の医学会の最高峰の本を紹介しましょう。
私は、この本を読み、自分を慰め、励ましながら、闘病しました。
素晴らしい一冊です。
「笑いと治癒力」 ノーマン・カズンズ 松田 銑 〔訳〕
岩波現代文庫 2001年2月16日 第1刷発行
ノーマン・カズンズ。
アメリカ・ジャーナリズムの巨人。
1915―90年。
ニュージャージー州生まれ。
コロンビア大学を卒業した後、
ジャーナリズムの世界に入り、「ニューヨーク・イブニング・ポスト」の教育リポーターや、
ニューヨーク・タイムズの記者などを経て、書評誌 「サタデー・レビュー」の編集長を30年つとめた。
では、訳者の 松田 銑先生の 「訳者のことば」より、
この本を紹介しましょう。
これは アメリカ・ジャーリズムの巨人 ノーマン・カズンズが自分自身体験した
生命の奇蹟を語る書物だ。
カズンズは 1946年ソ連への旅から来米した直後、
突然に難病の膠原病におそわれ、
専門医から回復の可能性は五百分の一と宣告されるほどの重態におちいった。
しかし 人間の生命力、精神力の強さを信ずるカズンズは 主治医ウイリアム・M・ヒッツィグ博士の 理解ある協力を得て、現代医学の常識からすれば破天荒な積極的治療法を試み、
みごと 死の淵から生還した。
その体験記がアメリカのもっとも権威ある医学専門誌
「ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン」
(この雑誌に専門家以外の書いたものが載ることは ほとんどない)の1976年12月号に発表されると、アメリカの医学会にすさまじい反響を生み、
実に 3000人を超える各地の医師からの投書がカズンズのもとに殺到した。
略
近年 この国でも医療問題をめぐる論議が とみにやかましくなってきたが、
その問題の一番深いところにあるものを論じている書物を、
一人でも多くの患者と医師に読んでもらいたいというのが、わたしの希望である、
ただし カズンズが決して非科学的な精神主義者を唱えているのでないことだけは、
ぜひ注意して読んでいただきたい。
彼は誰よりも合理性と科学を重んずる人である。
例えば ビタミンCさえとれば、膠原病は なおるなどと言っているのではない。
彼が すすめているのは、ビタミンCではなくて、
人間の 「生への意欲」である。
生きるかぎり、あらゆる力をふりしぼって価値ある人生を生きようとする、
その意欲である。
最後に、「笑いと治癒力」の本文から引用させて頂きます。
岩波さん、松田先生、そして ノーマン・カズンズさん、ありがとう。
「笑いと治癒力」は、永遠の一冊です。
私のこころのバイブルとなっています。
もし わたしがアスピリンとフェニル・ブタゾンの摂取を止めたらどうだろうか?
そうしたら身体の痛みは どうなるだろうか?
その時分には、わたしの椎骨と、関節のほとんど全部が、
まるでトラックに轢かれているように痛んでいた。
わたしは痛みは心構えによることを知っていた。
たいていの人は、どんな痛みでも痛みとなれば、あわてふためく。
痛みはこわいという広告に取りまかれて、おどされつづけているから、
ちょっと痛みらしいものを感じると早速にあれこれの薬剤を使う。
われわれは痛みについて甚だしく無知だから、
合理的に それに対処することが ほとんどできなくなっているのだ。
しかし痛みは人体の魔術の一つだ。
それは肉体が脳に向けて、
何か故障があるぞと知らせる信号なのだ。
(「笑いと治癒力」14〜15ページから引用しました。どうもありがとうございます)
※ダブルブラインドテスト(二重盲検試験法)…新薬の効き目を動物実験の段階から、
人間に実施するにあたって、各階層にわたって行うが、
最後の段階では 実際に臨床の場で、
プラシボ(偽薬)という効き目の無いものと 臨床試験を行うべく新薬との有効率をテストする。
その際にあたって、新薬を投与する医師が、プラシボ(偽薬)と新薬の違いを知っていたら
顔や態度に表れてしまう。
そこで、投与する医師自体も
処方するものが、プラシボ(偽薬)か 新薬が まったく分からない状態にしなければ いけない。
最終的には、医師も患者も どれが本物の新薬が分からない訳であるが、
これは コントローラーといわれる いわゆる新薬開発の司令塔の役目をする
メーカーの人間だけがプラシボ(偽薬)群と新薬群の違いの スコアを持っていて
そこから 正確な有効率を判定するのである。
※閾値(いきち)…痛みに関する個人の限界許容量のこと