寒立馬(最涯の地へ

05/02/06


昨年、私は下北半島の最北端 大間岬を目指して旅立ちました。

今回、だいぶ時間が経過しましたが、その長谷旅館を旅立った翌日の模様を紹介しましょう。

(前回の話は 「私の一冊 海峡」に詳しく記述しています)





2004年4月27日に本州最北端の地 大間町を出発し、
289号線沿いに車を走らせました。

真っ直ぐに帰宅する予定でしたが(といっても山形までは遥か彼方へですが。。)、
灯台が好きな私は 尻屋崎灯台を見学したいと思い、
一路 本州最北東端を目指しました。

(以前には いわきの塩屋崎灯台も訪れています。ここも素晴らしかったです。
漢方コラム「真冬に咲いた紅い花 椿」もお楽しみください)




ひたすら真っ直ぐの県道6号線を走っていると、
突然に風車が見えてきました。

何とも言い難い 不思議な光景です・



私は普段はサクランボやリンゴ畑が多い、
山形の盆地に住んでいますので、
この「最果て系」または「荒涼系」または「寂しさ募り系」の風景には滅法弱いのです。

このときの車のBGMは、知る人は知っているケヴィン・シールズが過去に率いていたマイ・ブラッディ・ヴァレンタインのロック至上に輝く名作傑作の「ラブレス」。

「ラブレス」の不思議な「荒涼」としたギターノイズの渦と、下北半島の「最果て感」が見事に一致して、
それだけでも感慨深いドライブでした。(ロックファンは必聴です)


さて、この風車の手前の道路側には津軽海峡と太平洋が見渡せる海岸がありました。






どうでしょうか。「風の歌」が聞こえてきますか?

写真では体感できませんが、実は車のドアを開けるのも困難なほど風が強いです。



ああ、ウミネコも空を舞っている。

君も一人か!



シュールでしょう。

つげ義春の世界で言うならば、名作「海辺の叙景」でしょうか。

「ジャボ ザザ あなたすてきよ。いい感じよ」ですね。


さて途中 三菱マテリアルという巨大なこれもまたシュールな建造物があったり、
道に間違って三菱マテリアルの社宅へ行ってしまったりしましたが、
何とか尻屋崎に到着しました。

そこで私が見たものは。。




寒立馬(かんだちめ)です。

このようなところに、天然の馬が放し飼いになっているとは夢にも思いませんでした。

何の予備知識も無かったし、尻屋崎灯台を見学するのが目的でしたので、
すごく感動しました。

ぐわー、ごごー、ぶぶぶるーという本州にいては体感できない、
もの凄い突風、烈風が吹き上げるなか、
この寒立馬たちは 何年もずっとこの場所に居るかのように、
ただ草を食べて歩き回っています。

「あおもり下北半島ガイド 下北紀行」より 58ページより引用させて頂きます。


…生命の美と輝きを知る…

厳寒の地で風雪にさらされながら
立ち尽くす寒立馬の姿は、
生きることがただそれだけで
尊いものだと無言のうちに教えてくれる


「あおもり下北半島ガイド 下北旅辞典」の27ページには、


…厳寒の地に立ち尽くす…


その名が示すとおり、雪の吹きすさぶ中、
寒さか風雪にじっと耐える姿が印象的な寒立馬。

南部馬を祖先に持ち、
改良を重ねた田名部馬をブルトン種などど交配し、
尻屋崎地区独自の農用馬にしていたもので、
粗食や寒さに強いのが特徴。

一時は9頭まで減り絶滅が心配されたのを、
有志の手によって保護が行われ、
現在では20数頭まで回復した。

普段は、ゲートで仕切られた尻屋崎の敷地内に放牧されていて、
その様子は自由に見学できる。…以下略。




ただ圧巻です。

私も感動しました。

何か心にもし迷いや自殺したい気持ちがあったのならば、
一度は ここ尻屋崎の寒立馬に会ってみると良いと思います。


人間なんて、ちっぽけな存在なんだ…

自然の環境ってすごいんだ…

まだまだ体験していない素晴らしい世界があるんだ…


となり、寒立馬パワーが心に充電されることでしょう。





さて、ここは漢方コラム。

「馬」なんて、漢方では無いだろうと思いながら、
大塚敬節先生の「漢方と民間薬百科」のページを紐解くと、
なんとビックリありました。

この本は凄いです。

では、本邦初公開の貴重な資料を公開しましょう!

なお、これはあくまでも漢方的な話であり、
動物虐待ではありませんので、ご了承お願いします。


 ウマ 馬


薬用部位 脂肪 肉 尿 歯 骨 ふん

薬効 痔 肺炎 やけど 馬の咬み傷 リウマチ 酒ぎらいにする

使用法

1 痔

痔の痛みや脱肛には、馬の脂肪をとり、一度なべに入れてとかし、
冷えてから患部にぬる。

たいへんぐあいのよいものである。

または、ふんを、もめんの袋に入れ、洗面器または、たらいのようなものに入れ、
その上から沸騰している湯を注ぎ、その袋を患部に当ててあたためる。

2 肺炎

肺炎で高熱のあるとき、胸の痛むときなどには、
馬肉で胸から背を包み、これで湿布のかわりにする。

たいへん気持ちのよいもので、他の治療の補助となる。


しばらくすると、肉が腐敗して悪臭を放つようになるから、
たびたびとりかえること。

3 やけど

脂肪をぬると疼痛が軽くなり、なおりが早くなる。

これも、一度とかしてからぬること。

4 馬の咬み傷

馬にかまれたり、ふまれたりしたときは、ふんの黒焼きを油でねってつける・

5 リウマチ

歯または骨を黒焼きとして飲む。


私が40年ほど前に開業していた村に、リウマチ患者があり、
いろいろな治療をしたがなおらなかった。

ところが、どうしたことが急によくなって、私を驚かせた。

理由を聞いてみると、馬の歯がよいという人があって、
その黒焼きを1週間ほど飲んだということであった。


それで、他の患者にも試みたが、きく人ときかない人があった。


6 酒ぎらいにする

馬の汗を酒にまぜて飲むと、酒がきらいになるという。




そういえば、馬油(バーユ)というものも薬局で売っていますね。。

今回の漢方コラムは、大塚先生の本も面白いです。

漢方に感動しました。

馬の肉で肺の熱をとるなんて、想像もつきませんでした。

酒ぎらいに「馬の汗」を混ぜたり、リウマチに馬の歯の黒焼きを飲んだり、
咬まれたら今度は「ふん」の黒焼きをつけるなんて、凄いです。




君たちは、いつも静かに風に吹かれている。

そんな黙っている姿や瞳に心が打たれるんだ。

………

さて、尻屋崎灯台を紹介しましょう。

寒立馬のいるところには、灯台があります。




尻屋崎灯台です。

美しいですね。。

青空に白い灯台。

夢のような世界が広がっております。


「あおもり下北半島ガイド 下北紀行」より 61ページ


…日本の灯台50選…

東北の海をはじめて照らしたヨーロピアンな尻屋崎灯台


東北初の洋式灯台


尻屋崎のシンボル尻屋崎灯台は、明治9年10月20日生まれの東北初の洋式灯台。

日本の洋式灯台の歴史は、慶應2年(1866年)徳川幕府が米、英、仏、蘭の4カ国と締結した江戸条約で灯台の設置が義務づけられたことに始まります。

徳川幕府崩壊後明治維新新政府が灯台建設事業を継承し、
海上交通の要衝の地でもある尻屋崎にも灯台が建設されたのです。

尻屋崎灯台は歴史的、文化的価値の高さではAランクの灯台。

「日本の灯台50選」にも選ばれています。




「本州最涯地尻屋崎」

大間岬でも感激しましたが、「最涯(さいはて)の地」とは
なんと人間の心を打つのでしょうか?

ここから先は「行き止まりという閉塞感」が、
逆に「ここから始まる」ことにリバーシブルにつながっていくのでしょうか。

私の人生で何回行けるか分かりませんが、
再訪を希望するところが下北半島です。

また「灯台の聖地 尻屋崎」に行ってみたいです。



「旅心 我に沸き立つ 尻屋崎」 幸太郎


ここまで漢方コラムをお読みして頂きまして、ありがとうございました。

最後に追悼の念を入れまして、終わらせて頂きます。




海に浮かぶ地蔵です。

海難して10代や20代などの若い人たちの多くも命を失った供養です。

尻屋崎の強風、身を吹き飛ばす烈風にいると、
ここで船が座礁しても不思議ではなく、
もし私もこの海に投げ出されたら、
すぐに命を失ってしまうと感じました。

最涯(さいはて)の地で、命の持つ重みを実感し、
寒立馬に生きる勇気をもらった旅でした。

大事に生きていこうと思います。


完 05/02/06 山形が雪に覆われているとき