01/04/30
前号では、漢方医学の歴史について簡単に説明しました。
江戸時代に オランダから西洋医学が伝来したので、「蘭方(らんほう)」と呼び、
それまで 日本の伝統医学だったものを 漢の国から伝来したので 「漢方」と 二つの医学を区別したのです。
では、中国伝統医学の「中医学」と 日本伝統医学の「漢方」は、どのように違うのでしょうか?
「中国漢方の旅(健康味覚の徹底ガイド)」 読売新聞社 1989年6月15日発行 より、紹介させて頂きます。
(読売新聞社さん、ありがとうございます)
中医学と日本の漢方医学の違い(13ページより)
日本では、天然の生薬を使う医療をひとまとめにして 「漢方」と呼んでいる。
漢方イコール中国医学と思っている人が多いようだが、中国では伝統医学を「中医学」と呼んでおり、
漢方という言葉は使われていない。
それもそのはず、漢方という言葉は、
江戸時代中期ごろに、西洋医学である 「蘭方(らんぽう)」に対して生まれた日本語だからである。
基本的には 中国の伝統医学と 「和漢(わかん)」と呼ばれる日本の漢方医学は違うのである。
では、どこが違うのか?
日本の漢方は、症状に合わせて処方が決められる。
例えば、寒けがして首筋が凝り、汗をかいていない―こういった風邪の初期症状のときは、
理屈抜きで 葛根湯(かっこんとう)の処方名があげられる。
ところが中医学の場合は、症状が同じでも、その人の体質、そのときの体の状態で処方が違ってくる。
表裏(病気が浅いか、深いか)、寒熱(寒けを伴う状態か、熱を伴う状態か)、
虚実(栄養状態、人体の抵抗力が不足の状態か、過剰の状態か)、
陰陽(活力が消極的状態か、積極的状態か)などの
中医学的診断により、個人差に基づいた処方がなされるわけである。
こういった日中の 「漢方医学」の違いを よく理解していないと、思わぬ落とし穴に はまる場合がある。
友人が よく効くという胃薬を漢方薬店で買って飲んだところ、
調子が良くなるどころか具合がおかしい。
この例にように、体質、病歴、そのときの体の状態によって、Aさんにはよく効く薬が、
Bさんには合わないということもあり得るわけだ。
したがって、中医学の漢方を服用する場合は、薬局の薬剤師に相談して、
自分の証にあった薬を買い求めるのが理想的である。
私が もう少し補足します。
日本漢方は、傷寒論(しょうかんろん)を中心とした 「方証相対(ほうしょうそうたい)」という方法を 用いることが多いです。
「方証相対」とは、
例えば “寒け、肩やうなじが凝る、汗は出ない”という 「葛根湯証(かっこんとうしょう)」には、
「葛根湯」が適応することを指します。
「証」に「方」が適応するわけです。
これは、「鍵(かぎ)」と「鍵穴」のようなものです。
「鍵(かぎ)」が「鍵穴」に ズバッと一致すれば、とてもよく漢方薬が効きます。
傷寒論の条文にでてくる 「証」を全部暗記して、なおかつ「処方」を覚えれば、
その「証」に合った症状の患者さんには、その「処方」が効あることになります。
条文の主証(一番肝腎なポイント)を掴めていれば、自由に応用することも可能です。
ところが、条文にピッタリの患者さんは、現実には なかなかお目にかかれないのです。
これは、「鍵(かぎ)」と「鍵穴」が一致しないので、ドアを開けられないことと同じです。
つまり、肝腎のつらい症状が治っていかないことになります。
うろ覚えに中途半端に傷寒論を学べば、深い樹海に迷ったようなもので、
出口が見つからなくなってしまうのです。
現代の中医学でも、傷寒論を最も重要な処方の1つとしていますが、
その処方内容は絶対的であるとは 考えていません。
傷寒論 そっくりの症状には、なかなか臨床では逢わないものですし、
今から 1700年前の時代と、21世紀になった現在では、私たち自身の体質や求めらる治療も変わってきます。
昔は、急性感染症などの疾患を漢方で治すことが求められたのですが、
今は、慢性疾患やストレス病など より複雑になっています。
中医学では、条文を参考にして、比較しながら治療するというよりも、
患者さん一人一人の体質を見極めていきます。
この方法は、「弁証論治(べんしょうろんち)」と言います。
「証」を「弁(わ)」けて、「治療法」を「論」ずるという意味になります。
「弁証論治」は、中医学の確信の部分で、私たち中医学を学ぶ仲間たちは、
みな これを共有しています。
当然、漢方の本場 中国の中医師(漢方医師)たちも同じで、
私が北京中医医院に研修に行ってても、通訳を挟みながらでも お互いに漢方討論を行うことができるのです。
「弁証論治(べんしょうろんち)」をするにあたっては、四つの診察方法を用いて、患者さんから情報を収集し、
その情報を分析していきます。
四つの診察方法は、「望(ぼう)・聞(ぶん)・問(もん)・切(せつ)」と呼ばれ、「四診(ししん」と言います。
「望診(ぼうしん)」は、全身や局所の状態 あるいは舌の状態をみることで情報を収集します。
舌の状態をみることを とくに「舌診(ぜっしん)」と言います。
(「舌診(ぜっしん)」の模様は、無名コラムの「その男凶暴につき」を参考にしてください!
東根が誇るプロレスラー 本間朋晃君の応援コラムです。本間君〜、大日魂で IWAでも がんばれよ〜)
「聞診(ぶんしん)」は、患者さんの音声を聞いたり、排泄物(痰や尿、便など)の臭いを嗅ぐことで、情報を収集します。
「問診(もんしん)」は、主訴(しゅそ)、身体状況、既往歴などを 患者さんに質問して、情報を集めます。
「切診(せっしん)」は、体に触れたり、脈をとることで情報を収集します。
脈をとることを とくに「脈診(みゃくしん)」と言います。
このようにして集められた情報は、あらゆる角度から検討され、次のステップである 「弁証(べんしょう)」に移るのです。
(「四診(ししん)」で集められた情報を、大きな立場から 客観的に検討することを「四診合参(ししんごうさん)」と呼びます)
「弁証(べんしょう)」では、「四診(ししん)」で得た情報を分析し、「証(しょう)」を決定していきます。
弁証方法には、
@八綱弁証(はっこうべんしょう)
病態を 表(ひょう)と裏(り)―病気の位置、寒と熱―病気の性質、虚と実―体の病気に対する抵抗力と邪気の盛衰
に分けて、また それらを統合して 陰と陽に区分することです。
すべての弁証論治の基本になります。
私も、初学のころは、八綱弁証から練習しましたが、
八綱(はっこう)とは、綱(つな)で病態を 区切るということで、とても大切な弁証です。
A気血津液弁証(きけつしんえきべんしょう)
体を流れる気、血(けつ)、津液(しんえき)の病理変化を分析する方法。
これも、メジャーな弁証方法です。
中医学では、生命を支える基本は、
元気の「気」と、血液の「血(けつ)」、水分の「津液(しんえき)」の三つであると認識しているのです。
たとえば、疲れやすい人は 「気虚(ききょ)」があり、ストレス過剰は 「気鬱(きうつ)」になり、
血液がドロドロと流れが悪くなれば 「血淤(けつお)」、貧血気味の方は 「血虚(けっきょ)」、
お年よりの茶のみ友達は のどが渇くので 「陰虚(いんきょ)」、糖尿病も消渇(しょうかち)で 「陰虚」
雨が降って頭痛がする人は 「水湿(すいしつ)」、ビールを飲みすぎで証は、「湿熱(しつねつ)」となります。
B臓腑弁証(ぞうふべんしょう)
「ビールがうまい!五臓六腑に染み渡る。」というように、
「五臓六腑(ごぞうろっぷ)」は 広く知られています。
「五臓(ごぞう)」は、「肝(かん)」、「心(しん)」、「脾(ひ)」、「肺(はい)」、「腎(じん)」の五つの臓器のことを指します。
「六腑(ろっぷ)」は、「胆(たん)」、「胃」、「小腸」、「大腸」、「膀胱」、「三焦(さんしょう)」の六つがあります。
古代の人々は、人体を解剖することなく、想像のもとに 中医学理論を形成していきました。
そこで、体の様子を観察したり(望診)、体調を問診して、体のどこの臓腑に異常があるかどうかを考えたのです。
これは、「黒箱理論」―「ブラックボックス理論」と呼ばれ、中医学の真髄となります。
肝臓を例に挙げましょう。
視力減退、涙目、ドライアイ、飛蚊(ひぶん)症などは、「肝は目に開竅(かいきょう)する」ので、
五臓の肝臓に何らかの疾患があるとして、肝臓を治療していきます。
ほら!イライラ、そこの怒りっぽいお父さん、生理前にイライラして家族や彼氏に八つ当たりする彼女!
更年期で 鬱気味になっているお母さん!
実は、あなたちも 五臓の肝臓が悪いのですよ。
「肝臓は疏泄(そせつ)をつかさどる」ので、ストレス病や、自律神経が緊張している人は、
肝機能が悪くなり、「肝気鬱結(かんきうっけつ)」という状態になっているのです。
どうですか?
面白いでしょう。これが、「黒箱理論―ブラックボックス理論」の応用なのです。
C病邪弁証(びょうじゃべんしょう)
どの病邪により、発病したかを分析する方法。 病因弁証(びょういんべんしょう)とも呼びます。
体内の正気(病気に対する抵抗力)が弱い場合は、自然界の環境が、体内を乱し 病気の原因となります。
これは、六淫(ろくいん)と呼ばれ、「風邪、寒邪、暑邪、湿邪、燥邪、火邪(熱邪)」があります。
また、こころの持ち方でも病気が起こります。
「喜、怒、憂、思、悲、恐、驚」の 「七情(しちじょう)」があります。
現在、ストレスが体に及ぼす影響や、笑いが免疫力を向上させることなどが科学の力により、
解明されてきていますが、すでに古代から 「こころ」と「からだ」の関係について、深い考察をしていたのです。
具体的な例を挙げますと、お酒を飲まないのに 肝臓病になる方は、
ストレスが多く、怒りっぽく、気持ちの問題があったのではないかと推測されます。
D六経弁証(りっけいべんしょう)
日本漢方医学で紹介しました 傷寒論の条文を基に弁証していく方法です。
外から侵入した、寒冷性をもつ病邪を分析する方法のひとつで、
病気の過程を 6つの段階に分類していきます。
体を襲う風寒(ふうかん)などの寒冷性の邪気が、正気(体の病気に対する抵抗力)の強弱により、
太陽→陽明→少陽→太陰→少陰→厥陰(けっちん)と進んでいきます。
E衛気営血弁証(えいきえいけつべんしょう)
温熱性のもつ病邪を分析する方法で、病気の過程を4つの段階に分類します。
傷寒論の六経弁証を基礎の上に、発展した弁証方法です。
四季それぞれの温熱性の邪気により、引き起こされる症候を、
衛分証(えぶんしょう)→気分証(きぶんしょう)→営分証(えいぶんしょう)→血分証(けつぶんしょう) と分けます。
以上、六つの弁証方法を紹介してきました。
通常は、気血津液弁証と臓腑弁証、病因弁証を組み合わせて、
病気の「定位」 「定性」を判断し、治療方針を立てていきます。
これが、「治療」を「諭(ろん)」ずるということで、「論治(ろんち)」と呼ばれます。
そして、最後に湯液(とうえき)、鍼灸、などの治療が行われるのです。
参考例を挙げましょう。
女性 58歳 昭和18年10月7日生まれ 農業
主訴:
坐骨神経痛2年間
現病歴:
腰から右足にかけて、痛みが流れ、起床後が一番つらく歩けない。
就寝時もつらいので、えびのように丸くなって寝る。
骨盤もずれていて、病院では、椎間板ヘルニアよる坐骨神経痛と診断された。
食欲正常。二便正常(便通、小水とも正常である)
舌診: 舌:淡紅 苔:薄白
弁証:
肝腎不足(かんじんぶそく)、淤血(おけつ)
治則:
滋補肝腎(じほかんじん)、養血活血(ようけつかっけつ)
処方:
独歩丸 27丸/3回
経過は、独歩丸を服用して、2ヶ月間で坐骨神経痛は治癒しました。
上記の弁証論治は、臓腑弁証と気血津液弁証(きけつしんえきべんしょう)を組み合わせています。
以上、中医学と日本漢方医学の違いについて、述べていきました。
私は、中医学を学び、日頃から中医学を実践していますが、傷寒論が一番好きです。
傷寒論は、「陰陽を整える」 「胃気(いき)を守る」 ことがテーマですが、素晴らしい弁証方法だと思います。
21世紀の中医学は、中国で生まれたものを 日本人の体質、生活習慣、気候風土に合わせて実践すべきでしょう。
また、私たちの先人たちが残してくれた 日本漢方とも融合させていくことがテーマだとも思います。
今回は、下記の本を参考にしています。
わかる中医学入門 邱紅梅先生 燎原書店
中医臨床のための方剤学 神戸中医学研究会 医歯薬出版
中成薬研究 VOL1 創刊号 日本中医薬研究会学術委員会
新中国の漢方 猪越恭也先生 読売新聞社
中医診断学ノート 内山恵子先生 東洋学術出版社
臨床中医学概論 張朧英先生 緑書房
中医学基礎 上海中医学院編 神戸中医学研究会訳 燎原書店
中国漢方の旅 読売新聞社
(ありがとうございます。とても勉強になりました)
2000年11月24日13時14分撮影です。
私が8年前にイスクラ高円寺中医学研修塾を卒業したときは、
最後の総仕上げとして、3月に一週間 北京に滞在しました。
北京の3月は、物凄く 風が強いのです。
それこそ、息が出来ないくらいの強風が吹くときもあります。
その日は、確か 北京中医医院での3日目の研修日だったと思うのですが、
地下のお客様専用食堂で 昼飯を食べて、
ビュー ゴー という風に 吹き飛ばさせられそうになりました。
なんて、風が強いんだ!
確かに、こんな強風が吹くと、
日本にまで 黄砂が飛んでいくんだなあ。。
と、しみじみ考えながら
ふと、上を見上げると、
「北京中医医院」という この看板が
見事に吹き飛ばされていたのです。
びっくりしましたよ。
それから、結局 帰国するまで
北京中医医院は、
看板が無き建物に
なっていたのです。
これは、「北京中医医院看板伝説」と
私が呼んでいます。