誰も知らない小さな国(フキノトウ)

02/04/21



日時:2002年3月31日撮影
場所:誰も知らない小さな国
撮影者:セイタカさん


20年近い前のことだから、もうむかしといっても いいかもしれない。

ぼくは まだ小学校の3年生だった。


その年の夏休みには、町の子供のあいだで、
もちの木の皮から、とりもちを作ることがはやった。

だれが どこでおぼえてきたものか、もちの木の皮をしばらく水にさらし、
すりつぶしながら、かすをあらい流していくと、上等のとりもちができる。


近所の家の庭に、5本ばかり もちの木があって、皮はそこからとった。

ところが、おおぜいがよってたかって、その庭をねらったものだから、
たちまち見つかって、ぼくたちは大目玉をくった。


「平気だよ。峠の向こうにいけば、きっとあるさ。」


大目玉のあとで、年上のがき大将は、舌を出して自身たっぷりにそういった。

みんなもそう思った。


「峠の向こう」には、町にはないものが なんでもあった。

もちの木だって、あるにちがいない。

ぼくも やはりそう考えたのだ。


峠というのは町のはずれにあった。

うら通りから つづく細い道が、町のうしろの丘にぶつかって、
いきどまりのように見える。

それでもかまわずに丘のふもとまでいくと、左に折れて、きゅうな石段があった。

それをのぼりつめると、やっと ひとりがとおれるくらいの、
せまい切り通しのみちになる。


ここが峠だ。

ぼくたちは そうよんでいた。

このうす暗いトンネルのような切り通しをぬけると、
ぽっかりと明るい村のけしきが目の下に広がってくる。

いままでの町の感じが、いきなり村のけしきにかわるのだ。

どういうわけが、風のふきぐあいまで ぎゃくになってしまう。


(「だれも知らない小さな国」 (C)佐藤さとる 轄u談社 少年少女日本文学全集 第20巻 昭和52年発行より)




小山は、2つの村のはざまにある。

一つの村からは、東と北のあいだの方角、つまり鬼門に存在する。

そして、もう一つの村からは、南と西の逆鬼門にあたるので、
近所の村人たちは おそれをいだいて、めったにおとずれる人たちはいなかった。



小山には、じっさいになんでもあった。

春はさくらんぼ、夏はきいちご、秋になると、くりの実やあけびがとれる。

やまいもをほるのも おもしろかった。

小川のふなや どじょうを追いまわすのはもちろん、
夏休みの宿題の昆虫採集もここでする。

学校で使う竹細工の材料も ここでまにあわせる。






里では 春がきていた。

も さくらんぼも、桃源郷のように咲き乱れている。

ぼくの小山も ようやく雪どけをむかえていた。


ひんやりとした ここち良い風が、ぼくをつつむ。

ふもとの村からは、ひばりのなき声が聞こえる。

東京の大学で 電気工学をせんこうしていたぼくは、
久しぶりに小山に足をふみいれた。


あれから、20年たっても、小山にはおとずれる人はぼくだけらしい。





雪どけ水が、ごうおうおうおうと流れている。


右側が高いがけで、木がおおいかぶさっている。

左は こんもりとした小山の斜面だ。

ぼくのはいってきたところには、背の高い杉林がある。

この三つにかこまれて、平地は三角の形をしていた。

杉林の面が南側だから、一日じゅう、ほとんど日がささないのだろう。

足もとは、ふきのとうがたくさん生えている。


そのときまでの、いきごんだ足どりは、ここですっかり消えてしまった。

こういう湿気のある場所には、よく、まむしがいるのだ。

ぼくは、ふきのとうを見つめながら、一歩一歩進んだ。

左手の三角のかどに、小さないずみがわいているのを、すぐに見つけた。


その水が、きれいで、かなり深いのが、まずぼくの心をひきつけた。

いずみのふちは、ところどころくずれてはいたが、
いつかだれかが、きちんとほったものにちがいなかった。

小山のすそを、かべのように まっすぐにけずり、そこに深くくらい小さな横あながえぐられていた。

しみずは そのおくからわき出ていた。


この水はのめるだろうか。


ぼくは すぐにそう考えた。

ためしにかた手ですくってみると、おどろくほどにつめたかった。


ぼうをほうり出して、なんども手ですくっては口へ運んだ。

しみずがこぼれて、むねのほうまで伝わっていった。

(「だれも知らない小さな国」 (C)佐藤さとる 轄u談社 少年少女日本文学全集 第20巻 昭和52年発行より)




雪どけ水は、ほんとうにおいしかった。

天然ミネラルウオーターなど はんばいされいているが、
味は ひかくにならないだろう。

冬のあいだに山にたくわえられた水は、
春のよろこびをひめて ながれていく。

このいっぱいのおいしい水のために、ぼくは生きているかもしれない。





ふと、ぼくのポケットから 小さな黒いかげが走った。


目の前では、赤いくつが 川をながれていく。

あれ、小さな女の子が 一人で立っている。

いったい、どうしたのだろう。

お父さんも、お母さんもいないじゃないか。


あの子のくつが、ながれていってしまう。

たいへんだ。

ひろってあげよう。


ごうごうごうごうごう。

思ったよりも、川のながれははやかったが、
なんとかひろえることができた。

あの子にかえそう。





赤いくつがうかんではきえ、ながれていく。

もうだめだ、と見うしないかけたとき、やっとの思いでひろい上げることができた。

ぼくはよろこんで、さっき女の子を見かけたところにもどってみた。

しかし、女の子はどこかへきえていた。


どこへ、きえたの?


赤いくつを、ぼくはポケットにしまった。


すると、くつの中から おとが聞こえてくる。


るるるるるる。

るるる。

るるるるるるるるるるるる。

るるるるるるるるるるるるるるるるるるるる。


なつかしい音だ。

この声はひさしぶりだ。


コロボックルたちだ。

はちょうのちがう音が、4つあるから、4人いることがわかる。


コロボックルは、ふきのとうが生えるきれいなところにすんでいる。

いまは、ふきのとうが小さいので、かくれるところがあまりないのだろう。


女の子の赤いくつがきえて、ながされていったのもコロボックルたちのしわざだったんだ。

ついおもしろがって あそんでいるうちに、くつごとながされていったところを
ぼくがつかまえたというわけだ。

女の子もめいわくだったが、コロボックルたちもこんなかたちで 
ぼくにさいかいするなんて、さぞおどいたことだろう。



北海道のアイヌが伝えているコロッボクルの物語では、
伝説の小人となっている。

コロボックルとは、アイヌ語で 「ふきの葉の下の人」をさす。

身長は、3〜6センチ。

その性は敏捷にして、つねに身をあらわすことをきらう。

ときには、1まいのふきの葉の下に、数百人も かくれていることもあるという。





るるるるるる。

るるる。

るるるるるるるるるる。

るるるるるるるるるるるるるるる。


ぼくは、この言葉を聞きとれる。

コロボックルは、動作も言葉もはやく、びんしょうだ。

もっとも最近はぼくのこころがつかれているらしく、
ときどき聞き取ることにくろうすることもあるが。。


「セイタカサン、セイタカサン、コンニチワ」

「ヒサシブリダネ」

「ゴジュウネンマエノ センソウノトキモ、ワシタチハ ニンゲンヲ シンパイシテタンダヨ」

「トコロガ、ドウダイ。コノアリサマハ」

「ヤット ヘイワニナッタト オモッタラ、マタ セカイノ アチコチデ アラソイゴトヲ シテオルジャナイカ」

「セイタカサン、ナンデ ニンゲンハ ソンナニ コロシアッタリ、オタガイヲ ニクシミアウノカ?」


るるるるるる。

るるる。

るるるるるるるるるるるる。

るるるるるる。


ぼくは、こころが痛みだしてきた。

むねをおさえていたら、いしきをうしなっていった。



どのくらいたったのだろう。

ぼくは、ふもとの村で つまにかいごされていた。


赤いくつの女の子は、あれから成長して
村でちびっこたちを教える教師となっていた。


そこで、ふたたびめぐりあったぼくたちは、
コロボクッルたちにしゅくふくを受けながら、けっこんしきをあげたのだった。


ぼくたちは、小山の小屋でコロッボクルと生活している。


いつか、コロッボクルたちと世界を旅する予定だ。


みなさんも大きなふきの葉をよういすれば、
コロボックルとぼくたちの仲間入りだ。


世界から あらそいごとをなくし、平和をきずきあげるためにも
誰も知らない小さな国を探しにいきませんか?





コロッボクルさんたちを代表して、モチノキヒコさんに紹介してもらいます。


るるるるるる。

るるる。

るるるるるるるるる。


(訳:今回も、“土屋薬局 中国漢方通信”でお馴染みの「漢方と民間薬百科」より
フキを紹介します。大塚先生、セイタカさんが、いつもお世話になっていて ありがとうございます)



フキ 蕗
 (キク科)


薬用部位 

フキノトウ(花の咲く前のつぼみ) 葉 茎 根 茎


薬効

せき(咳漱) 解毒(毒消し) 毒虫刺され 切り傷 はれもの 健胃


使用法


1:せき 

フキノトウ10gを1日量として、せんじて飲む。

2:解毒

魚の中毒などに、葉、茎ともに、
生のものの汁をしぼって飲む。

3:毒虫刺され 切り傷 はれもの

葉、茎、根のどれでもよいから、生のまま汁をしぼってつけるとよい。

4:健胃

フキノトウをせんじて飲む。


せきによいフキみそ


フキノトウを火のうえであぶって やわらかくし、
これにみそを加えてねり、
なべに入れて火であたためながら ねったものを茶さじ1杯ほどずつ飲むと、
たんの切れをよくして、せきにきく。





誰も知らない小さな国を見つけても、
ぼくの小山は荒らさないでください。
コロボクッルさんたちと平和を守りましょう。

るるるる。
るるるるるるる。
るるる。
るるるるるるるるるるる。