03/06/22
日時:2003年6月18日お昼休みに撮影
撮影場所:神町小学校の近く
撮影者:土屋幸太郎
散歩をしています。
ダイエットのためにと、なるべく歩くようにしたのですが、
食後の散歩などは習慣化してきました。
一度慣れますと、食後には歩きたくなってきます。
家の近所を歩くわけですが、
今回は 我が家から歩いて10分ほどで到着する
若木山(おさなぎやま)コースで行ってみましょう。
栗の花です。クリクリして、フサフサして可愛いですね。
神町小学校の近くに、栗の木を発見します。
栗の花の匂いは特有のもので、
甘たるい匂いがぷーんとあたり一面に漂ってきます。
このふさふさとした白い玉のような花が好きです。
つい、見惚れてしまいます。
若木山の登山道です。私は小学校の頃は、ここで遊んでいました。
さあ、若木山を登ります。
この山は、私が小学校のときから遊んでいた山です。
山といっても、「小山」に近く、
ものの10分間も歩けば 山頂に到着します。
冬は、斜面からのミニスキーで毎日スキーをして、
春は桜がきれいなところです。
ちょうど裏手には、陸上自衛隊第六師団がありますが、
自衛隊のところの桜と逢い重りあって、春の景色を彩ります。
ドクダミの花は、さわやかで可憐です。私はドクダミの花が好きです。
途中、ドクダミが群生をつくっていました。
街中や庭のドクダミも好きですが、
山中にあるドクダミも、自然らしくていいですね。
山の草木の匂いが一面にたちこめていますから、
ドクダミ特有の匂いはありません。
きれいなものですね。
あ、ここにも栗の木が!
散歩をすると、新たな発見があります。
栗の巨木ですね。花ははるか上にあるのですが、
栗独特のプーンとする匂いが足元まで漂っています。
もうすぐ山頂ですが、どうでしょうか、
このビニールハウスのテントの山は。
あちらの向こう側の山は、奥羽山脈。
48号線を抜けると関山トンネルがあり、やがて作並温泉にぶつかります。
さくらんぼの収穫期が、ちょうど梅雨にあたるので、
雨除けをしないと、紅色の宝石が割れてしまいます。
農家の人たちの作業には、この収穫期を前にして、
5月くらいからテントの作成もあるのです。
実に大変な作業だと思います。
それにしても、このテントの連なりは凄いなあ。。。
栗の花と奥羽山脈。あの向こうには、峠があり、仙台がある。
さあ、山頂に着きました。
これは、山頂の桜の木です。
桜の木のさくらんぼうですね。
色が黒とか、赤色などがあり、きれいですね。
桜のさくらんぼう。
あれは、陸上自衛隊第六師団。
これは、山形空港と我が家。
自衛隊と空港があるところなのか、
この前の東北地方を襲った大地震のときには、
震度4だったのですが、幸いなことに被害はゼロでした。
地盤が強くて、災害になりにくいから、
飛行場と自衛隊が駐屯しているのでしょうね。
帰途につきます。
やはり、このお宅の栗は立派だと思うのです。
気になります。
土屋薬局 中国漢方通信の読者の皆様は、
松尾芭蕉の「奥の細道」の須賀川の段をご存知でしょうか?
白川の関を越え、いよいよ本格的にみちのくに足を踏み入れた芭蕉は、
福島県須賀川に俳諧の先輩である「等窮(とうきゅう)」の家を訪ねます。
須賀川の等窮(とうきゅう)は、奥州の俳人として知られ、芭蕉との交流もありました。
須賀川には4月22日から28日まで滞在しました。
(新暦では、6月9日〜6月16日です)
さて、奥の細道 須賀川の段には、以下の文章があります。
此宿の傍に、大きなる栗の木陰をたのみて、世をいとふ僧有。
橡ひろふ太山もかくやとしづかに覚られてものに書付侍る。
其詞、栗といふ文字は西の木と書て西方浄土に便ありと、
行基菩薩の一生杖にも柱にも此木を用給ふとかや。
世の人の見付ぬ花や軒の栗
現在語訳にします。
ところで、この宿駅の一角に、
大きな栗の木の木陰で雨露をしのいで暮らしている、
俗世から退いた一人の僧がいる。
訪ねてみて、西行法師がトチの実を拾って暮らしたという
山ごもりの日々もこのようであっただろうと、
僧の静閑な境涯に感動を覚え、
そんな我が胸中を、次のように書き付けた。
その言葉は、栗という文字は、西の木と書く。
これは西方浄土に縁あることを意味するのだと言って、
あの奈良時代の高僧・行基が一生、
杖にも柱にもこの栗の木をお使いになられたそうである。
一句。
「この草庵には、世間の人が気にも止めない地味な栗の花が咲いている。
だが、そんな地味な栗の花を愛するここの主の人柄に、私は心惹かれるのだ。」
僧の名は可伸、俳号は栗斎(りっさい)でした。
この章に登場する二人の人物は、いずれも実存します。
この句は、栗斎への挨拶句だったのでしょう。
(漢方コラム「彼岸花」も参考にしてくださいね)
須賀川を4月に訪れた私は、NTTのところにある栗の木を見に行きました。
当然のことながら花が咲いておらず、がっかりしてしまっただけに、
栗の花を見ると嬉しくなってしまいます。
芭蕉もちょうど今頃の時期に、栗の花を詠んでいたなんて、
素晴らしい話ですね。
須賀川を散策していた芭蕉は、栗のぷーんとする匂いに誘われ、
あの白いふわふわした花に心を奪われて、一句詠んだに違いありません。
梅雨空に栗の花。
今回の漢方コラムは、さくらんぼで大忙しの神町からの散歩レポートでした。
では、最後にお約束の大塚敬節先生の「漢方と民間薬百科」より、
クリを紹介させて頂きます。
クリ 栗 (ブナ科)
薬用部位 葉 木皮 実 いが
薬効 皮膚炎(かぶれ) 乳腺炎 乳首の裂傷 やけど 馬の咬み傷 毛はえ薬 魚の中毒
使用法
1皮膚炎
うるし、毛虫などにかぶれてかゆいときには、葉を一にぎりほどとってせん
じ、その汁で患部を塗布すると、不思議によくなるものである。もし葉がない
ときには、木皮をせんじた汁で湿布してもよい。
2乳腺炎 乳首の裂傷
いずれも、生の実をすりつぶしてつける。生の実のないときには、乾栗(かち
ぐり)を粉末とし、水でねってつける。
3やけど
実を黒焼きにして、ゴマ油でねってつける。
4馬の咬み傷
実をかんで、つける。または、実を黒焼きにしてつけてもきく。
5毛はえ薬
いがを黒焼きにして、ゴマ油でねってつける。
6魚の中毒
イワシ、タコ、イカなどの中毒には、生グリを渋皮のままかみ砕いて、吸っているとよい。
うるしかぶれに著効
私の家族が、戦時中疎開して村に、非常によく人の世話をする老人がいた。
ところがこの人が、ある日、首のまわり一面に、うるしにかぶれて困っていたので、
庭にあるクリの葉をとって、水で濃くせんじて湿布をするように教えた。
翌日、その老人が来て、十分ほど湿布したらかゆみがとれ、
床につく前にもう一度湿布したら、それきりでなおった。
医者の薬よりはるかにききますねえと、感心して話したことがある。
髪の栄養になるクリのいが
「主婦の友」の読者の体験談。
「私には三人女の子がいますが、みな私に似て頭髪が薄く、これには人知れず悩みました。
ある日、女学校時代の友だちにあいました。
その人も私と同じように頭髪の薄い人だったのに、
ふさふさとした濃い髪になっています。
驚いた私は、さっそくそのわけをたずねたところ、
頭髪を濃くする秘訣というのを教えてくださいました。
それは、クリのいがの黒焼きと、ゴマ油をまぜ合わせたものを、
頭の地にすりつける方法でした。
私は、家に帰ると、さっそく子どもたちとともに、
この方法を実行してみました。
はじめのうちは、こんなごとくらいで毛がはえるのだろうかと疑いましたが、
だんだん用いているうちに、細い毛がぞくぞくはえてきました。
そこで、なおつづけて用いたところ、わずか二、三ヶ月で六、七寸に伸びました。
また、私は脱毛のひどいたちでしたが、この薬を用いはじめて以来、
脱毛もずっと少なくなり、お産のときでさえ、あまり脱毛しなくなりました。
作り方は簡単です。
あきカンのふたのあるものに、いがを入れ、火の上におき、
黒土のように黒こげになったらおろし、さめてから粉末にします。
ゴマ油一合(180cc)の中に、いが十個分の粉末を入れてよくまぜ合わせ、
一回に茶さじ一杯くらいずつ、一日に二、三回頭の地にすりこみます。
熱病のために、頭髪の抜けてしまった人にも試みましたが、
やはり成功いたしました。
今回、このコラムを書いていて、
「世の人の見付けぬ花や軒の栗」の句が、
さくらんぼに夢中になっている東根市のフィーバーぶりを感じました。
県外の人までも、最近話題になっている
さくらんぼ泥棒とか知っているのには、
ちょっとビックリです。
情けない話なんですね。
スイカ泥棒や、たくさん泥棒がいるんです。。。
芭蕉の深遠な永遠の旅路の世界を知れば、
目先の利益など、アホらしいと思うのですが。。。
さくらんぼもいいですが、
皆様の周りの栗の花もきれいだと思います。
栗の花は、きれいですねえ。
私、栗の花の味方です。
03/08/19追記です。
03/08/13に撮影した「軒の栗」の画像をご紹介しましょう。
日時:2003年8月13日お昼休みに撮影
撮影場所:神町小学校の近く
撮影者:土屋幸太郎
私はお昼休みに時々、散歩をしています。
「食後の散歩」ですね。
さて、若木山コースの道の途中で相変わらず
元気な栗の木を見ます。
この日は、お墓参りの日ですが、
今年の冷夏のなか、見事に晴れました。
きっとご先祖さまの霊が帰ってきているからでしょう。
季節のめぐりは早いものですね。
ぷーんと甘い独特な香りをさせていた栗の花が、
実になりました。
イガイガを見ていると、秋の栗拾いが楽しみになってきます。
今年は、さくらんぼ泥棒がたくさんいたかと思えば、
なんと駅前の銅像のさくらんぼまで、
破壊されてしまったという、
東根(ひがしね)がニュースになり 有名になった年でした。
それにしても、栗もいいですね。
桃栗3年、柿8年なんだなあと
訳の分からないことをブツブツ思いながら、
私は 今日も若木山を目指したのでした。